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江原啓之のオーラの泉・はるな愛

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           ☆はるな愛さんのプロフィール

    はるな 愛(はるな あい、1972年7月21日)は、サンズエンタテインメント所属のニューハーフタレント、お笑いタレント、歌手、女優、ファッションモデル、実業家。エンジェル・ラブ株式会社代表取締役。

    物心ついた頃から自分が女性だと意識していたという。小学生時代から、女装してものまね番組などに出演。その際の字幕スーパーでは「大西賢治」(本来の字は賢示)と表示される。持ち歌は松田聖子の「Rock'n Rouge」など。1985年3月3日放送の『全日本ちびっこ歌まね大賞』(テレビ東京)では、森進一の「北の蛍」を歌って優勝している。

    1989年、福井県の九頭竜湖で行われた英語学校の夏季キャンプ(小学生向け)で、未来派少年大西賢示としてリクリエーションにゲスト出演している。この際に、男子高校に通っていたことを話している。また、同年5月25日には大西ケンジとして「チャンス」でレコードデビューを果たしている。

    中学生時代はいじめに遭っていた。いじめっ子から避ける為に、ギリギリまで登校しなかったり、昼間は喫茶店にいたりしていた。また、いじめっ子から避ける為に、いじめから守ってもらう代わりに不良グループのパシリであったという。この経緯から勉強はほとんどしておらず、中学時代の成績は悪かったという。このころからニューハーフになろうと思っていたという。また、弟がはるなの箪笥の中身が気になり開けてみると、女性物のカラフルな下着が数枚入っているのを見つけたことから、弟はこの頃から、兄が女性になりたいという気持ちがあることは知っていたが、親には話さなかったという。

    高校を中退後、しばらくして、1991年、ショーパブ「Tootsie」梅田店で働く。性同一性障害であり、ニューハーフとして働いていることを父親に告白。

    1995年、大阪市・わだ形成クリニックにて性別適合手術を受け、身体的に完全に女性となった。しかし、戸籍上の名前は現在も「大西賢示」のままである。これは、「男性と結婚するまで大西賢示でいることが親孝行だ」からだという。声に関しては、元々は女性アイドルの曲を原曲キーのまま歌え、話声も女性と同じ高さだった。しかし、度重なる酷使の為に声帯にポリープが出来てしまい、一時期声が出なくなってしまった。その影響により、かなりのかすれ声である。また、『上岡龍太郎がズバリ!』でMr.レディーに出演し、「家なき子」のパロディー版「玉なき子」で相沢すずの役を演じた。

    1996年頃、春菜愛名義で、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)にレギュラー出演。以後はアイドル系美形ニューハーフとして、テレビ番組のニューハーフ特集やものまね番組に顔を出している。また、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)などにも出演し、メディア露出が多くなる。素人扱いとしては、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日)のファイナル電流イライラ棒に一般のチャレンジャーとして登場している(チャレンジ中、アナウンサーから「実は男性です」と紹介された)。

    1998年、東京のタレント事務所に所属、上京。DDTプロレスリングで世界初のニューハーフ・マネージャー・デビュー。この頃の芸能界はニューハーフブームが下火となっていた為にタレントとしての活動はほとんど出来ていない。だが、男性であることを隠して働いていたレースクイーンの仕事などで蓄えた貯金でスナック店を開業するなど、事業家として活躍するようになる(現在は、バー1店、鉄板焼き店を2店経営している。鉄板焼き店を経営しているのは、実家が以前お好み焼き店を経営していたことがきっかけ)。

    2005年、MEGUMIが恥骨骨折で入院した際、病院で献身的に看病をしたことから野田社長の目に留まり、サンズエンタテインメントに移籍。現在の名義に変え、タレント活動を再開する。

    2007年、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚披露宴の2次会でエアあややを披露、その場に居合わせた業界人の注目を集め、モノマネ芸人(あてぶり芸人)として活動するようになる。持ちネタは、松田聖子・松浦亜弥・島谷ひとみ・ビヨンセ・藤本美貴・ホイットニー・ヒューストンなどのモノマネと、横向けにしたVサインを目頭から目じりに移動させて「よろしくピース」などのギャグ。口癖は「言うよね〜」。最近はそれを始めとして、いろいろな「○○よね〜」を言うようになっている。

    2007年、『ミス・インターナショナル・クイーン(Miss International Queen)2007』(ニューハーフ世界のミスコン)に出場し、第4位になる(このコンテストに出るため、審美歯科的治療をしている)。

    2008年、下半期頃から大ブレイク。骨髄バンク職員の役で舞台『IMAGINE 9.11』に出演。

    2009年、1月3日に放送された『週末のシンデレラ 世界!弾丸トラベラー』(日本テレビ系)にてパスポートが映った場面で、一部ぼかしがかかっていなかったため1972年7月21日生まれであることが発覚した。この事実を2009年1月20日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)ではるな本人が認めた。

    2009年、『ミス・インターナショナル・クイーン 2009』に再挑戦し、優勝した。前哨戦である『Angel of Talent contest』でも優勝し、2冠に輝いた。日本人の優勝は初めてで、賞金1万ドルを獲得。
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用。

            ☆スピリチュアル・チェック

    ◎よく見る夢・・・人に追われて命を落とす夢。

    ◎最近恥ずかしかったこと・・・新幹線の中で寝た時、男級のいびきをかいたこと。

    ◎苦手なもの・・・ヘビ。

    ◎一番欲しい物・・・レギュラー番組。

    ◎一番辛かったこと・・・中学生の時にいじめに遭ったこと。

    ◎不思議な体験・・・父方のおばあちゃんが亡くなった時、偶然同じ時間帯に家のチャイムが鳴り、出て行ったら誰もいなかった。


              ☆自分の居場所。

    小学生の頃は、野球少年チームに入っていた。父親が男らしくするために入れていた。キャプテンは、はるなさんの初恋の男の子だった。

    一番辛かったことは、中学生の頃にいじめに遭ったこと。女の子の格好をしてテレビに出ていたので、ターゲットになってしまった。
    学校では、わざと男っぽく演じていたが、それが鼻についてしまった。
    両親に相談はできなかった。悲しんでいる姿を親に見せたくなかった。人を非難するのは、自分はまともだと確かめたいから、と美輪明宏さん。いじめられている人は原因は自分にあると思いがちだが、自分を責める必要は無い。
    いじめる人は劣等感の塊。いじめない人は豊かな精神の持ち主。自分に自信を持っている人は他人をいじめない。

    いじめを受けていた頃、ニューハーフの男性と出会った。お店に連れて行ってもらい、初めて自分の生きたい世界が見えて楽になった。学校でのいじめも少なくなってきた。隠そうとするといじめる側は暴きたくなる、と江原啓之さん。覆面レスラーの覆面と同じ。
    開き直ると、突付かれなくなる。

    辛い経験が無駄にならずに今がある、と江原啓之さん。経験と感動が人格を作り、人々の心に響いて、慕われる。苦労が分かる人は、黙っていても分かる。

    東京に来ても仕事が無かったため、レースクイーンのアルバイトを
    していた。年齢は4歳サバを読み、女性として応募したら、合格した。声でバレないように、一人ぼっちでいた。走る時の動作と声で、男だとバレてしまった。その仕事は辞めた。


              ☆おばあちゃん

    小さい頃から孤独の中にある、と江原啓之さん。おばあちゃんが一番の理解者だったはず。無償の愛で受け入れてくれていた。

    人に追われる夢をよく見るのは、思い癖の夢、と江原啓之さん。深層心理が表れる夢。自分のこと、家族の調和など。大人の顔色を伺っていた。小さい頃から、演じることが皆のためになることだ、と思っていた。父親のために野球をやったり、など。小さい頃から孤独な大人、と美輪明宏さん。

    おばあちゃんは今もそばで見守っている、と美輪明宏さん。おばあちゃんが全てをコーディネートしていて、事務所も変えさせてくれている。それがきっかけで、道が開けている。早いうちに芸能界で成功すると、精神力がついていかない為、苦労をさせていた。小さい頃からの苦労、心が女性、ということはおばあちゃんも分かっていた。
    おばあちゃんは、先が見えなくなっている、とおっしゃっている、
    と江原啓之さん。守りに入っていて、ひたむきな気持ちを失っている。気持ちを整理することが大切。孤独だったことを受け入れて、そこから変えていくこと。

    愛されたい気持ちが強い、と江原啓之さん。それで今まで失敗してきている。お節介が仇になり、悪く言われてしまう。相手のためにやっていたつもりが、自分のためだった。八方美人になっていた。
    怖いから笑顔を振りまいていた。

    両親はよく夫婦喧嘩をしていた、とはるな愛さん。争いごとが嫌で、生活も豊かではなかったため。道化になっていた、と江原啓之さん。喧嘩をしているのは、豊かではないからだ、自分のせいだと思い込んでいたため。心が豊かなら皆楽しいはず。それでも繋いでこれたのは、おばあちゃんから愛情を込められていたから。

    女の子になりたいと、おばあちゃんには言えなかった。ニューハーフになった頃、おばあちゃんが倒れてしまった。脳の病気のため、お見舞いに行ったら、泣き崩れてからすぐに天井を見上げてポカンとしてしまう。天井を見上げている時に、こういう生き方をしているけど、幸せだからね、と言っていた。
    おばあちゃんは、欲しがる物が違った、とおっしゃっている。欲しがる物が着せ替え人形や塗り絵だったため、初めから分かっていた。おばあちゃんにとっては、男でも女でもどっちでも良かった。
    可愛いのは孫。

    強烈なファザコンとマザコン、と美輪明宏さん。父親と母親を恐れ憎む気持ちと同じだけ愛している。愛憎の気持ちを両方持っている。

    1993年、両親は離婚している。
    母親とは毎日電話し、父親と一緒にお酒を飲むこともある。

    テレビの企画で父親と一緒に旅行に行った。その時、父親は「こういう風に息子と酒を飲みたかった」と言われた。それを聞いた時、憎しみの気持ちが全て消えた。

    16歳の時、父親にニューハーフとして生きて行くことを告白した。
    怒られると思っていたが、「よし、分かった」と言われた。人生は後悔したらあかんぞ、と言ってくれた。

    今は親離れ子離れ、と江原啓之さん。引きずるのはやめること。親も子も人間同士のため、親を美化せずに等身大で見ること。親から愛されたい自分を演じるのは止めること。自立すること。
               ☆オーラの色

    ◎オーラの色は、輝きがきれいな色、
    は平和主義者、色は陽気、は情愛。

                 ☆前世

    ◎前世は、日本の花魁。女の園で闘っていた。女はうんざりだと思っていた。男の嫌な部分もたくさん見ていた。

    はるな愛さんは、純粋な女としては生まれてきたくはなかった。男であり、女でもある自分が好き。自分は自分でありたいと思い、今の自分を選んだ。


               ☆人生のパートナー

    ◎愛されてると思っていたら、お金のトラブルがあった、とはるな愛さん。「愛して」と言っていたら、逆に愛されなくなる。それが分かれば、全部が変わるはず。

    水商売の人が失敗するのは、余計な引け目を感じてお金で補おうと
    するから、と美輪明宏さん。お金やプレゼントをたくさんあげていると、まともな男でもどんどん堕落する。お金は愛ではない。

    本当の恋愛はこれから、と江原啓之さん。お金がなくても選んでくれる人が本物、と美輪明宏さん。

    はるな愛さんは親切にされると情熱が消えていく、と美輪明宏さん。
    叶わない恋を追いたくなる、とはるな愛さん。

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